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東京高等裁判所 平成2年(ネ)2906号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目表九行目から同裏三行目まで及び同裏八行目から九行目にかけて「主位的には」から「予備的に、」とある部分を除く。)。

1  訂正箇所

(一)  原判決三枚目表三行目「同年一二月二一日二三万六七五〇円」とあるのを「昭和五六年一二月二一日三三万六七五〇円」と、同七行目「同年八月一七日」とあるのを「同年八月一九日」と、各訂正する。

(二)  原判決三枚目裏五行目から六行目にかけて「これにより、崔の高橋に対する右借入金債務は消滅し、原告は、」とあるのを「昭和六一年五月末日ころ七〇万円、平成元年九月末日ころ一〇〇万円、同年一〇月末日ころ二〇〇万円、合計三七〇万円を高橋に返済し、」と改める。

(三)  原判決三枚目裏九行目から一〇行目にかけて「これにより、崔の平野に対する右借入金債務は消滅し、原告は、」とあるのを「昭和六一年五月末日ころ七〇万円、平成元年九月末日ころ一〇〇万円、同年一〇月末日ころ二〇〇万円、合計三七〇万円を平野に返済し、」と改める。

(四)  原判決四枚目裏一一行目「右各登記」とあるのを「本件土地、建物についてなされた各登記」と改める。

2  当事者の主張

(控訴人)

(一) 被保全債権(被控訴人の崔に対する免責的債務引受契約による求償債権)の適格性について

被控訴人主張の免責的債務引受契約による求償債権は、その成立時期は本件贈与契約よりも後であるから、そもそも詐害行為取消権の被保全債権とはなり得ないものである。

(二) 被保全債権(崔が連帯保証した被控訴人の三協に対する貸金及び被控訴人の崔に対する立替金債権)の存否について

(1) 被控訴人が三協に対し昭和五六年八月二二日に五〇〇万円を貸し付けた事実はないこと及び被控訴人と三協との間で昭和五七年二月二五日に従前の六口の貸金の残金を目的とする準消費貸借が成立していないことは控訴人提出にかかる三協の金銭出納帳及び総勘定元帳により裏付けられる。また、昭和五八年八月一九日の貸金債権二五〇万円は、右三協の帳簿によれば、訴外井上喜美子(以下「井上」という。)が三協に貸し付けたものである。

(2) 昭和五八年一〇月三日の貸金債権二〇〇万円及び同年一一月九日の貸金債権一〇〇万円は、被控訴人が訴外瀬原田七重(以下「瀬原田」という。)から、昭和五九年二月四日の貸金債権一〇〇万円は被控訴人が平野から、いずれも借り受け、三協に貸し付けたもので、三協はこれを昭和六〇年四月一〇日被控訴人を通じて右瀬原田らに弁済した。

(3) 仮に、被控訴人が三協に対し、被控訴人主張にかかる各貸金債権を有するとしても、右各債権は商事債権であり、期限の定めのない債権であるから、いずれも貸付の日から五年の経過により消滅時効が完成し、右各債権は時効により消滅した。また、被控訴人が崔に対し、被控訴人主張にかかる立替金債権を有するとしても、立替後一〇年の経過により消滅時効が完成し、右立替金債権は時効により消滅した。

(三) 詐害行為の成否について

(1) 原判決添付別紙物件目録一及び二記載の土地建物(以下「本件一、二の土地建物」という。)について

右土地建物は控訴人が昭和三九年自ら金員を出捐して所有権を取得したもので、実質的には控訴人の所有である。したがって、崔と控訴人間の右土地建物の贈与契約は控訴人に登記上名義を移転するための形式的なものに過ぎず、詐害行為にもあたらないし、控訴人に詐害の意思もない。

(2) 原判決添付別紙物件目録三及び四記載の土地建物(以下「本件三、四の土地建物」という。)ついて

控訴人と崔は昭和五七年内縁関係を解消した。本件贈与契約は、右内縁解消に基づく財産分与としてなされたものであるから、詐害行為にもあたらないし、控訴人に詐害の意思もない。

(被控訴人)

控訴人の右各主張は争う。

三 証拠関係(省略)

理由

一  当裁判所も、被控訴人の詐害行為取消権に基づく本訴請求は理由があるものと判断するが、その理由は、以下次項に付加するほか、原判決理由説示のとおり(但し、原判決九枚目表二行目から同裏三行目までを除く。)であるから、これを引用する(但し、原判決七枚目裏四行目「合計一、四八万二、〇〇〇円」とあるのを「一〇四八万二〇〇〇円」と、同八枚目表六行目「同年一二月二一日二三万六七五〇円」とあるのを「昭和五六年一二月二一日三三万六七五〇円」と、同七行目「一一八九万八九二〇円」とあるのを「一一八九万八九〇二円」と、各訂正する。)。

二  控訴人は、被控訴人主張の各被保全債権について、一部その適格性を争うほか、各債権の成立を争い、また、仮に成立したとしても弁済ないし時効により消滅したと主張し、さらに、本件贈与契約は詐害行為にあたらず、詐害の意思もない旨主張するので、以下、右主たる争点について検討する。

1  被保全債権の適格性

控訴人は、被控訴人主張の免責的債務引受契約による求償債権については、詐害行為取消権の被保全債権となり得ないと主張するので検討するに、確かに、崔と控訴人間の本件土地建物の贈与契約は昭和六一年二月一日に締結されたもので、これに基づく登記は同年四月一八日に経由されたことは前示のとおりであるから、被控訴人主張にかかる免責的債務引受契約及び弁済に基づく求償債権は、詐害行為取消権の対象たる本件贈与契約の後に成立したものであることが被控訴人の主張自体から明らかであり、詐害行為取消権の被保全債権とはなりえないものといわざるを得ない。

2  被保全債権の存否について

(一)  被保全債権(三協と被控訴人間の金銭消費貸借)の成立について

(1) 控訴人は、被控訴人が三協に対し昭和五六年八月二二日に五〇〇万円を貸し付けたこと及び被控訴人と三協との間で昭和五七年二月二五日に従前の六口の貸金の残金を目的とする準消費貸借が成立したことの反証として、乙第五二号証(三協の昭和五六年度の金銭出納帳)を提出し、右出納帳には、その該当日欄に右被控訴人の五〇〇万円の貸金及び右準消費貸借の目的となったとされる貸金は記載されていないことが認められる。しかし、原判決掲記の甲第一号証、第二号証、第一八号証、第四一号証、第四二号証、原審における証人増田真由実の証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和五〇年ころ、崔から結婚を申し込まれ、そのころから銀行に勤める傍ら、崔に頼まれて三協が営んでいた貸金業を手伝うようになり、自らの手持資金のほか第三者から借り受けた金員を三協に融通していたこと、被控訴人は、前記五〇〇万円の貸金の原資は義兄である訴外小泉善之助から借り入れ、前記準消費貸借の目的となった貸金の原資は実兄である訴外川崎昭夫、友人である同飯島清及び東千代江から借り入れたこと、前記出納帳は事務員であった増田が記帳していたが、被控訴人から融通を受けた分については崔の指示により同出納帳には記載しないこともあったこと、被控訴人は前記出納帳に記載がない分については、崔から三協を借主、崔を連帯保証人とする金銭貸借証書(甲第一号証、第二号証)を徴したことを認めることができることからすれば、前記出納帳に記載されていないことをもって、被控訴人が前示のとおり三協に対して金員を貸し付けたとの認定を左右するものではない。

(2) また、控訴人は、前記昭和五八年八月一九日の二五〇万円は井上が三協に貸し付けたもので、被控訴人が貸し付けたものではないと主張し、乙第二三号証(三協の昭和五八年度の総勘定元帳)を提出し、これによれば右元帳には、「借入金(小泉愛子)」の表題の頁欄に、昭和五八年八月一九日に借入金二五〇万円との記載が、また、右表題の上部に「井上喜美子」の氏名の記載のあることが認められるが、原判決掲記の甲第五号証の四(三協の銀行預金通帳)には右日付に被控訴人から二五〇万円が三協の普通預金口座に振込入金されたことが認められること、乙第二二号証(三協の昭和五八年度の金銭出納帳)の昭和五八年八月一九日の日付の適用欄には二五〇万円、小泉愛子よりとの記載はあるが、井上の氏名の記載はないことからすると、前記元帳の記載をもって、昭和五八年八月一九日に被控訴人が三協に二五〇万円を貸し付けたとの認定を左右するものではない。

(二)  弁済について

控訴人は、〈1〉昭和五八年一〇月三日の二〇〇万円、〈2〉同年一一月九日の一〇〇万円、〈3〉昭和五九年二月四日の一〇〇万円はいずれも瀬原田及び平野から被控訴人が借り受け、三協に貸し付けたもので、いずれも昭和六〇年四月一〇日に三協から被控訴人を通じて右瀬原田らに弁済されたと主張する。乙第五六号証(三協の昭和五八年度分の金銭出納帳)には、右〈1〉及び〈2〉の貸金について、該当日欄の適用欄の「小泉愛子より」と書かれた余白に「七重の分」との記載があること、乙第二三号証(三協の昭和五八年度分の総勘定元帳)には、「借入金(小泉愛子)」の表題の頁欄に右〈1〉及び〈2〉を含めた総計四〇〇万円の借入金が記載され、右表題の上部に「七重とその母」との記載があること、乙第二五号証(三協の昭和五九年度分の総勘定元帳)には、「借入金平野さんの分」の表題の頁欄に昭和五九年二月四日の借入金として一〇〇万円が記載され、右表題の横に「小泉愛子経由」との記載があること、乙第二七号証(三協の昭和六〇年度分の総勘定元帳)には、借入金(瀬原田七重)の表題の頁欄に昭和六〇年四月一〇日「瀬原田七重さんの分五〇〇万円を被控訴人に返済した旨の記載があることが認められる。しかし、前掲増田証言によれば、増田は当時崔が持参した入、出金伝票をそのまま崔の指示に従い、右各金銭出納帳及び各総勘定元帳に記載してはいたが、同人の供述によっても必ずしも入金及び出金先を正確に記載したものではないと認められ、また、当審における瀬原田七重の証言により成立の認められる甲第八六号証、第八七号証、右瀬原田証言によれば、平野は三協に対し被控訴人を通して昭和五九年六月ころから同年九月ころにかけて合計一一〇〇万円を貸し付けたが、それ以外の貸付はしていないというのである。そうすると、前記各金銭出納帳及び総勘定元帳の記載をもって、被控訴人は右瀬原田及び平野から前記の各貸金の出資を受け、これを三協に貸し付け、昭和六〇年四月一〇日三協は被控訴人に対し右瀬原田らの出資分の返済として、五〇〇万円を返済したものと認めるには未だ不十分といわざるをえない。

(三)  債権の消滅時効について

控訴人は、前示の崔に対する立替金債権だけでなく三協に対する貸金債権も時効により消滅したと主張するが、右主張が採用できないことは、右立替金の時効による消滅についての前記引用にかかる原判決理由三の2の説示のとおりである。

以上みたところによれば、被控訴人は崔に対し、崔が三協の被控訴人に対する債務について連帯保証したことに基づく債権二一五〇万円及び立替金債権一一八九万八九〇二円の各債権を有するものと認めることができる。

3 詐害行為の成否について

(一) 控訴人は、本件一、二の土地建物は、実質的には控訴人の所有であり、本件贈与契約は形式的なものに過ぎないから、詐害行為にもあたらず、詐害の意思もないと主張し、乙第六一号証(控訴人の陳述書)で控訴人はこれに沿う趣旨のことを述べるが、成立に争いのない甲第五六号証、第五七号証、乙第三二号証、三三号証、前掲増田証言、弁論の全趣旨を総合すれば、崔は昭和三九年当時永住許可を取得していなかったため、金融機関からの借り入れができず、自ら所有権を取得することが困難であったところから、控訴人の了解の下に、控訴人が借主として銀行から融資を受け、控訴人が本件一、二の土地建物の所有権を取得し、控訴人名義に登記がなされたこと、しかし右借入金の返済は崔が行っていたこと、右借入金の返済が終わった昭和四四年には日本と韓国の間に「韓国国民の法的地位及び待遇に関する協定」が成立し、韓国国籍を有する崔も所有権取得が可能となったので、控訴人の承諾を得て、右土地建物の購入資金を実際に返済した崔に名義を移転したことが認められる。そうすると、本件一、二の土地建物の所有権は実質的にも形式的にも崔の所有に帰したものと認められるから、控訴人の前記主張はその前提を欠くものであって、これを前提とする右控訴人の主張は採用できない。

(二) また、控訴人は、本件三、四の土地建物は、崔と内縁関係にあった控訴人が崔との内縁関係を解消するにあたり、財産分与として取得したものであるから、詐害行為にはあたらず、詐害の意思もないと主張し、乙第三四号証(崔の昭和五五年七月二八日付の外国人登録済証明書)の備考欄には妻として控訴人の氏名が記載されているが、乙第三四号証(崔の昭和六一年四月一六日付の外国人登録済証明書)の備考欄には妻の記載はないことが認められる。しかし、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は最後まで崔との関係解消に反対していたこと、昭和六一年に米国から帰国した以後崔が病気で入院するまで同人と同居し、かつ、崔が入院した後は同人の看病に当たっていたことが認められ、右事実からすると、控訴人が崔との内縁関係を解消したものとは認められない。右のことからすると、控訴人の前記主張は、その前提を欠くものであって、これを前提とする右控訴人の主張は採用できない。

三 よって、詐害行為取消権に基づき、崔と控訴人間の本件土地、建物の贈与契約の取消を求め、かつ、本件登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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